それぞれの国のにおいってありますよね。

日本を出国するための飛行機に乗ると、すでにそこは外国!

海外の航空会社を利用すると、搭乗する方も客室乗務員の方も現地の人が多かったりするので、

行く前からすでに気分が高揚するんです。

私は飛行機の中で、ガイドブックを開いて、どこに行こうかな~、どの辺に泊まろうかな~など大まかな計画を立てていました。それから、飛行機の中でひたすらお金のことを覚えています。

慣れるまでは、頭が混乱しますが、しっかり金銭感覚を身に着けることは、旅をより楽しくすることでもあるんです。そして一人旅ならではの人との出会い、その日に出会った人と一緒に旅をするなんてことはしょっちゅう!それも楽しみの一つです。人任せではない一人旅は、すべてが自己責任で色々なことが起こります。それもすべて旅の醍醐味。

 豊かな日本の生活で当たり前のことが、当たり前ではない状況になると、本当に感謝の気持ちがわいてきます。その素晴らしさにも、あらためて気づくんです。そうでもしないと感謝できないというのも、ちょっと変な話ですが、人間ってそんなもんなんじゃないでしょうか。だから、何気ない日常って、本当に素晴らしいものなんだと思います。

ニューヨーク

同時多発テロの前日にニューアーク空港から成田に向かい、家についてテレビのニュースを見たら、今まで行っていたニューヨークのツインタワーに、飛行機が追突しているシーンが流れていました。あの辺はつい3日前に目の前を通りかかったりしていたので、本当に驚きました。たくさんの方が亡くなられた悲しい出来事です。


インド


私が行ったのは十数年前でしょうか。とにかく突っ込みどころ満載の国です。当時、夜の便でデリーに到着、乾季と聞いていたのに雨でした。もう道路が大変!テロテロのTシャツ(旅行ではいい服は着ません)と穴のあいたスニーカーを履いてましたが、コンクリートじゃないから道路は泥でベチャベチャ。到着したその日にズボンもスニーカーも泥だか牛の糞だかわからない状態でした。次の日もじめじめしていたので、道路は変わらずベチャベチャ。靴下の上にビニールを巻いて、泥まみれのスニーカーを履いて旅をしていました。そして、人も次から次へと寄ってくるんですよね。面白いくらい。どんなことしてでも騙そうとする人だらけ。どの人が親切な人かわからないから、逆に楽しんでいました。そして、自分の乗る列車の出発ホームがわからないので、車掌室みたいなところへ行って駅員に聞いても適当な答えが返ってくるんです。駅員いわく、私の電車はまだ来てないから、ここへ座ってゆっくりしてきな~なんていうんです。しかも駅員はおしゃべりばっかりで仕事してないんです。

信用できないから駅のホームを見たら、私の列車がもうすぐ出発しようとしているんです。ほんと、自分を信じるしかないんですよインドでは。

はたまたバイクタクシーに乗っても、裏路地に連れて行ってお金を騙し取ろうとしたり、もう~油断も隙もないんです。デリーからバラナシへ向かう寝台列車の中では、車掌さんがチケットの確認にくるんですが、日本人だとわかると、「ボールペンを見せろ」というんです。そしてそれが欲しいのか、何度もカチカチしてなかなか返してくれなかったり。隣りの親切なおじいさんは、「荷物は窓の方に置いて、その上に寝なさい」と教えてくれたかと思うと、車掌さんが来て、「お前はこの車両じゃないだろ!」と追い出されていたり。。

物乞いの子供たちもたくさんいました。また、学校も行かずに働いている子供も本当に多いんです。インドに限らず他の国では結構みかけますね。私の乗っていた寝台列車に、清掃係りとして途中駅で乗ってきた男の子は両足と片手がなくて、唯一ある手で、電車の床を履いてお掃除をしていました。日本人の私にとっては、複雑な心境でした。

 

バラナシでは、ガンジス川沿いに火葬場があって、少し離れた場所から眺められますが、とってもオープンなんです。

何やら包帯ぐるぐる巻の遺体が川の中に放ってあるかと思えば、お神輿のように遺体を担いでいたり、キャンプファイヤーのごとく遺体を焼いて、燃え方が悪いのか棒のようなものでそれを叩いて燃えやすくしていたり、あれ?脳みそ?みたいなものがボトッと落ちたり。。。  でもちっとも違和感がなくてとっても自然なんです。

反対岸は、対照的に何もないんです。。。(不浄の地)と、インドの思い出は書いたらきりがありません(笑) 

ラサ

セブンイヤーズインチベットをみて、ラサのポタラ宮に興味を持ちました。ラサは色んな行き方があります。当時はまだ列車がなかったので、私は成都から飛行機で入りました。ラサは標高3,650mという高さにあり、成都から飛行機で一気に上がったので、ガイドブック通り、到着5,6時間後に高山病の症状が起こりました。

到着して宿につくと、ほとんどの人がベッドで寝込んでいました。

高山病は、(本当は標高の低い場所へ降りるのが一番の解決方法です)水分をたくさん取って出して、意識的に過呼吸をすると楽になりました。

日を追うごとに、症状は収まりつつありましたが、酸素が薄いため、いつもの様に動けず、

少しでも高い所へ行くと、また頭痛と吐き気に襲われ、初日は、コントロールするのが本当に大変でした。同じ宿の子とデプン寺へ行きましたが、寺の中には、必ずバター灯がたかれていて、また密封されている空間のため、この臭いが充満して、さらに吐き気を催し、辛かったです。

また、ラサの街にいる犬の大きさにも驚きました。

私が見た犬は、日本で見る大型犬の軽く3倍はありました。犬好きの私も恐怖を感じるほどでした。しかも放し飼い!お店など立ち並ぶ場所には、羊かヤギかの肉がそのままの状態で売られているかと思うと、ヤギの顔だけが捨ててあったり。人だかりが出来ている場所を除いてみると、砂埃舞う路上で、何やら店頭販売をするおっちゃんがいたり、、大した商品じゃないのにこの人だかり!(ちなみにこの時の実演販売の商品はな、なんと!!キャベツの千切りができるスライサーでした。もう、あちらこちらにキャベツが飛び散る飛び散る。。ザツ 苦笑)なんて心の中で突っ込んでいました。まだよちよちの赤ちゃんが、物乞いをしていたのはびっくりしました。

ま~、話せない話もありますよ!(苦笑)

 

とにかくびっくりしたのがラサを出る日の朝です。朝8時に宿の外を出るとまだ真っ暗!日本でいう朝の8時って、天気が悪くても明るいので一瞬時間を間違えたかと思いました。それから空港までの「恐怖のタクシーツアー」が始まりました。といっても、結果的には何もなかったんですがっ(苦笑)

他の国でもよく掲示板にMIISSINGっていうチラシをみかけますよね。チベットも奥地にはまだまだ山賊がいて、観光でそのまま行方不明になる方もいるんです。ラサでもそんなチラシが宿などに貼ってあるのを見ていたので、変なことばかり考えて、さらに警戒心が強くなっていました。

もし、空港へ向かう途中、荷物荒らされて山に捨てられたらどうしよう~という思いが沸いていたんです。

だって、私たち以外、道には車1台も走ってないし、タクシーのライトを消したら、ほんとにほんとに真っ暗なんです。本当にここに道があるのか?といううほど何も見えないんです。(タクシーの運転手さんにはしっかり見えてる)その証拠に、タクシーの窓から見上げた空は、無数の星が散りばめられた天の川が広がっていて、本当に素晴らしいかったです。

でも、そんな余裕など当時はありませんでした。リュックも背中から降ろさず、いつでも逃げれるようにして、緊張感で筋肉痛になったほどです。そのタクシーの運転手さんはよくしゃべる方で、中国のどこからか出稼ぎに来ているという話でした。でも、真っ暗なタクシーの中、バックミラー越しに私を見ながら話しかけてくるのがさらに恐怖心をあおりました。私のつたない英語と、タクシーの運転手さんの仕事で培った英語力でやり取りをすること1時間と数十分。遠くに空港が見えた時の喜びといったら!  あの頃の事は今でも覚えています。空港到着前に、「空港は何も食べるとこないから、お粥屋でもよってく?」なんて親切で言ってくれたのに、道をそれることが怖くて、空港へ直行してもらいましたが、本当に空港の中にはお店一つありませんでした。本当に親切な、タクシーの運転手さんだったんです。最後に、お金と一緒に飴やボールペンを渡すと、すっごい喜んでくれました。

 

とにもかくにも、見たことのない景色がそこにはたくさんありました。

ラサは標高が高いので、周りに見える山の頂と同じくらいの高さに自分がいるので、とても変な感覚でした。そして、いつも見ている空の色より遥かに濃い。空が近い!!!

富士山

7月の週末に友人に誘われて、土曜日の夕方5時過ぎに、5合目にある吉田口から登り始めました。登山口付近ではみんな「えいえいおー!」など気合いを入れて登り始めていきます。私は初登山だったので、どのくらい時間かかるかなど全く考えず勢いで登り始めましたが、すいすい登ったのは7~8合目くらいまで。ところどころで休憩はしたものの、富士山は7~8月の間しか登れないため、また週末とあって、大混雑!だんだん空気も薄くなるから意識もモウロウとして、登りたくても前に進めず、混雑してるから少しずつしか登れないけど、逆にそれが調度いいペースだった感じでした。

 

ふっと下を見ると、河口湖の花火大会の様子が雲の隙間からさらに下の方に見え、本当に富士山は高いんだな~と怖くなりました。一歩、足を滑らせたらあっという間に転げ落ちてしまいます。私たちは、夜も寝ずに登っていたので、意識もうろうとする中、団体グループの登山ガイドの声は、迫りくる睡魔をかき消してくれました。(ご来光の富士登山はツアーガイド付きのツアーをお勧めします!)途中、ウトウトしながら登ること数時間。やっと頂上という頃には、日の出の時間が近づいていました。あいにく、少し雲があったのではっきりとしたご来光ではなかったものの、特別な場所で見る光景に、おもわず拝んでしまいました。同時に、自分が今、遠くからでも富士山の天辺が見えるあの日本一の富士山の山頂にいるということに恐怖と歓喜と一刻も早く下山したいという複雑な心境でした。実は高所は得意ではないので、、、。その後、少し休んでから下山しましたが、今度はひたすら降りるだけ。降りるのもこれまた結構辛いんです。(山登りにはステッキは必須アイテムですね!)膝を曲げると笑ってしまうくらい、カクカクと(村上の膝神のよう)した動きになってました。もちろん翌日は全身筋肉痛でした。

 

普段見ることのできない景色が見れる富士山へ、ぜひ一度登ってみてください。

自然の凄さを目の当たりにすることができます。ひょいっと雲に乗って遊んでみたくなるくらい近くに感じます。でも、絶対しないでくださいね。(苦笑)

 


イスタンブールに向かう前の経由地モスクワ空港

トルコのイスタンブールに着いたのは夜中の2時。乗り継ぎの悪い便だったし、搭乗から色々ありました。評判の悪いアエロフロートでロシアのモスクワに現地時間の夜7時頃到着しました。でもまだ昼間のようにとっても明るかったのを覚えています。そして仲村トオルと同じ便だったことに降りて気づき、もちろん彼はビジネスクラスでしたが、、。私なんて、自分の座席のシートベルトが壊れて「カチャっ」と締まらない状態。。何度か客室乗務員の方に伝えても、カチャカチャ試しても締まらないので、お手上げ~みたいな仕草をして、ロシア語で何って言ったかわからず、(涙) 仕方ないので、この際あきらめよう!と潔い?とはいかず半分命投げ出して搭乗してました。モスクワ空港では4時間、経由に幅があり、空港から出ることもできないので非常に退屈な時間を過ごしました。その間、モスクワ空港の人間ウォッチングでもしようとウロウロ歩き回っていました。ロシアの女性は背もスラ―っと高く、若い女性はヴォーグに出てくるようなキレイな方がちらほら目立ちましたが、全体的にとても気が強そうな女性が多い感じがしました。そしてモスクワ空港で働く女性のスカートが妙に短い!!香水プンプン。。そしてピンヒール!!なんだかちょっとひと昔前の日本のボディコンを思い出しました(苦笑) でも、あれから十数年も前なので今はどうだか。。あんまり変わってないかしら?

トルコ イスタンブールへ!

☝モスクワ空港経由でイスタンブールのアタテュルク空港に到着したのは午前2時半頃。夜中の移動は危ないので、同じ飛行機だったバックパッカーの大学生と一緒に空港のベンチでひと眠りして、早朝にイスタンブール市内に向かいました。グッスリ熟睡もできなかったのでちょっと気怠い感じで地下鉄の空港駅まで少し歩くと改札はありました。途中、トラムに乗り換えて地上に出て気づいたんですが、電車の中にいる女性はほんのわずかで、ほとんど男性、しかも皆とても静かに乗車していて何だか不思議な感じでした。平日だったので早朝の通勤の光景だったのでしょう。とりあえず宿も決めてないので(いつものこと)、彼と一緒の宿に泊まることにしました。

港にあるサバサンド(名物)を食べてから宿に向かうことになりました。つづく。

次回、続きをお楽しみに!!

 イスタンブール ガラタ橋からの夕日